未来の坊主のたわごと

1992年生。お坊さん見習いやってます。

失恋の苦しみ

今日、凄く凄く好きだった人に告白した。フラれた。

この悲しさ、苦しさ、やるせなさ、どうにもできない無力さ、
こういった感情からどうやったら解放されるのか。

ふと思った。いや、ふととかのレベルじゃないんだけど。

先日読んだ、ある人の映画批評の中にこんな一文があった。

「人はいつだって独りだ」

失恋の真っ只中にあって、この言葉に共感してしまった。

でも考えるほどに、ますますそう思うようになってきた。

僕たちは生まれてくるときも、死ぬときも、絶対的に独りだ。だれかに囲まれながらその時を迎えることはあっても、その時の当人の感情や体験を共有できはしない。この社会の中にあっても独りだ。誰かに寄りそうことはできても、立場を共にした感情や経験の共有はできない。また、人生は無数の選択の結果だと言われるが、自分が下した決断に、自分以外の何者かが責任と取ることはできない。

ときどき、その自明の理におののくことがある。

そうした恐怖を紛らわせるために、私たちは繋がりを求める。恋人との繋がり。家族との繋がり。友達との繋がり。社会との繋がり。その繋がりがないと、きっと私たちは生きていけないのだと思う。

繋がりが当前のものとしてあるときは、その繋がりが煩わしく思えることもある。自由になりたい。そう言ってその繋がりから離れることさえ望んでしまう。だけど、繰り返しになるが、本来この繋がりは僕らにとって、極めて大切なものだ。

こうした喪失の苦しみを、神や仏が解決してくれることはない。「独りである」ことを前提にしつつ、それでも誰かに話し、誰かに聞いてもらうことで、他者と繋がっているという実感を必要とする。それは必ずしも、親友と呼べるような濃い関係を持つ人である必要はない。相手が聞いてくれるなら、他人でも構わない。

ひどく傷ついた時に僕たち必要なのは、話を聞いて頷いてくれるだけの、そんな誰かでいいのだ。



恋愛って難しいっすわ