未来の坊主のたわごと

1992年生。お坊さん見習いやってます。

肉を食べるのを辞めて気づいた3つのこと

1ヶ月ほど前、肉を食べるのを辞めました。

あくまで一時的に、ですが。

これは3ヶ月ほど前に一人焼肉に行ったとき、肉と真摯に向き合い、
語り合ったことがきっかけです。

yosh1nobu.hatenablog.com


僕はもともと肉は好きだったので、今でも、肉を食べたいけど我慢しています。
(ここ数日は「食べたい欲<我慢してる俺すげぇ」になってきてますが...)

で、肉を我慢して改めて気づくようになったのは
肉つまり生命を食べるということに対しどれほど無自覚であったかということ。

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僕たちは1日に3回ごはんを食べる習慣があります。

コンビニで済ませたり外でごはんを食べてると、そこで使われるほとんどの食材が生命だということをついつい忘れてしまっています。

僕は、祖父母の教育のおかげで、食事の前後に手を合わせ「いただきます」「ごちそうさま」を言う習慣が割と染み付いてますが、生命がどうとかいちいち意識したりはしてません。

本来ならいただく生命そのものや、生命を育む人、生命を運ぶ人、売ってくれる人、生命が食卓に届くまでに関わってくれる全ての人に感謝するための行為なんでしょうけど、完全に形骸化しています。


肉食べたい ⇄ 我慢しなきゃ

この葛藤が心にある今は、この葛藤がきっかけになって、
そういう人たちのことを思い出して「感謝しなきゃ」ってなります。

自然と感謝が生まれるレベルには到底至っていません。

全然根拠とかないんですけど、
今の自分に与えられている環境に自然と感謝できる人って、幸せな感じがします。

感謝って意識してするってよりも、
無意識に湧き上がってくる感情ちゃうかなーって思うんですけど、

どうやったらそういう気持ちが自然と生まれるようになるのかっていうと、

やっぱり知ることだろうなって思います。

鮮明に知ること。

さらに言うなら知識としてインプットしてるよりも、
実際に体験してみることだろうな、と。

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今回の肉の話で言うなら、
(食べるために育てた)生き物の生命をいただいているということ。

育てる〜殺すまでのプロセスを経験してみたり、生産者の方の話を聞いてみたり。自分で料理を作ってみたり。
生命を食ってるってことをちゃんと知るってこと。

そうすれば必ず感謝の気持ちが生まれるってわけでもないと思うけど、
食とか生命に対する考え方って変わる気がします。

んで、たぶんその方がごはんも美味いと思う。


ところで....屠殺を体験できるとこ誰かしりませんか。