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未来の坊主のたわごと

1992年生。お坊さん見習いやってます。

映画と対話。

去年の暮れ、映画を真ん中に据えて地域の人たちが集まる場をお寺に設けました。その理由の1つは、仏教の言葉を用いずに参加者と「生きる」を考えてみたかったから。

漠然としたこのテーマを細かく分けてみると、
「生きる」を考えることは、時間の使い方を考えることだったり、自分の大事な人・ことを言葉にする作業なのかと思います。

映画には、誰かの生き方が描かれています。
スクリーンを通してそれを共有した人たちが自分の言葉でする対話。
参加者は自分の主観や好き嫌いで話すので、登場人物に対する解釈がどんどん膨らみます。

ところで、対話を通じて「有意義な時間だな」と感じさせてくれる人には共通点があることに気づきました。
それは、彼らは自分の意見は絶対じゃないということを理解していること、人の話に興味を持っていること。

「僕は〜だと思う」「君はどう思う?」と対話してくれる80代のおじいちゃんがいます。
この人は自分の考えを絶対的なものとせず、他人の意見に積極的に耳を傾けます。

こういった対話の下地さえ整えられれば、仏教は自走します。
映画を通して受け取ったメッセージは、見た人の数だけあって、そのどれもが正解です。
そうするとお寺は、画一的な正解を一方的に伝えようとする場から、参加者が自分にとっての正解を模索する場となり、集まった人の関係性に支えられた「生きた場」に変わります。

対話を通して人との違いを楽しむのも良いし、あるいは対話を通して自分の考えを昇華させるのも良い。
そうして自分の行動が変わればなお良い。そんなお寺はかっこいい。
そんなことを考えながら、お寺を活かした場づくりをしていきたいと思っています。

ちなみに、また映画上映会をやろうと思います。
タイトルは「LIGHT UP NIPPON -日本を照らした奇跡の花火-」。
3/11直後、被災者の想いを込めた花火を東北太平洋沿岸部10ヶ所で上げようとする1人の男性の物語。
外者から見た震災、被災者から見た震災、行政から見た震災。震災の数も見た人の数だけあって、そのどれもが正解です。
みなさんも対話してみませんか。

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前回は対話の時間がなかなか取れなかったので、今回こそは。